「妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話(日経BP:山中浩之著)」を
献本いただき、読ませていただきました。インタビュー形式で書かれる中、具体的な内容
も多く出て来るので、忙しい仕事の合間でも読みやすく、経営やマーケティングのヒントが得られるかもしれません。
この書籍を中小企業の経営者におすすめする理由
「ザクとうふ」で業界に衝撃を与えた相模屋食料。この書は、相模屋食料、鳥越社淳司社
長が、奥様の実家である豆腐屋を成長させ400億円企業(業界トップ)になった話が、著
者である山中 浩之氏によるインタビュー形式で書かれています。
この書籍は、中小企業の経営者が直面するリアルな課題に、鳥越社長がどう考え、どうク
リアしていったのかが、誇張も隠しもなく具体的に書かれています。もちろん、企業の置
かれた状況の違いがあるので、この書籍の方法が全てではありませんが、現実に成長した
企業の実態がよくわかります。
この書籍をお勧めする理由のひとつが、中小企業の直面する現実に、どのように対応し、
会社を成長させてきたのかが、リアルに書かれている点です。
もちろん経営やマーケティングでも参考になる書籍は世の中に多々あります。ただ、中小
企業の経営・マーケティングの現実は「人」「金」に悩んでいる部分が大きく、必ずしも
書籍で書かれているような理想的な戦略・戦術をとることができないことがあります。言
い換えれば「頭ではわかっているけれど、現実は人や金がなくて出来ない」ということが
中小企業には往々にしてあるということです。本書は、多くの中小企業経営者が直面する
このジレンマを、相模屋食料がどうやってクリアしてきたかがわかるように書かれていま
す。もちろんすべての企業にあてはまるとは限りませんが、本書からなんらかのヒントを
得られる方もいるのではないかと思います。
そのヒントとなりそうな点を少し紹介させていただきます。
自社の魅力の再確認と磨き直し
大手流通で扱ってもらうためには、彼らの声を聞き、スペックや納入条件を合わせる必要
があります。大手になればなるほど、大量に仕入れてもらえる一方、低価格を求められる
のが通常です。そして、大手はできるだけ効率よく販売したいので、できるだけ多くの方
が満足していただけるような商品を希望されます。
豆腐屋は街のいたるところにあったように、店ごとに味も形も違うのが一般的です。もっ
と言えば、同じ材料や製法でも職人の経験と技術で味が全く違うということもあるもので
す。街の豆腐屋や小さな豆腐メーカーは、こうした部分にこだわりを持ってやってきたの
ですが、大手が扱いたいのは先ほど書いたような商品です。豆腐屋とすれば、大量に買っ
てもらえるけれど、利益は薄く、特長が際立たない商品になります。本来、こうした戦い
方は大手企業の戦い方です。
中小企業の戦い方で取るべきは低価格戦略ではなく、その企業が持っている最大の持ち味
を活かすことであり、その良さをわかってくれる人に正しく届けること(買ってもらうこ
と)です。相模屋食料は今でこそ業界のリーディングカンパニーですが、鳥越社長はM&A
で窮地を救った企業の良さを出すことに力をいれています。彼らが本来持っていた味や製
法の魅力を取り戻し、発展させることを進めています。それは、従業員のやる気を取り戻
すことにも繋がっているということです。
新規投資の前に、今のリソースでの黒字化
相模屋食料は、窮地に陥った全国各地の豆腐メーカーを救済型M&Aという形で買収して
いますが。買収後に鳥越社長がまずやることは現場を見ることです。そして現場を見た上
で、今あるリソースで黒字化させる方向に持っていっています。
余談ですが、私も経営者ではありますが、現場をみることを重視しています。コンサル先
の現場へのヒアリングや視察を大事にする他、世の中の流れを掴むために複数業種におい
て定点観察をしています。
話を戻しますと、買収先企業が持っている技術やノウハウを復活させ、社員自身に自信を
取り戻させることによって、自分たちには力があることを認識してもらうことをされてい
ます。新規事業を手がけて復活させるのではなく、今ある状態で復活させることが自信を
取り戻すために重要なことだと鳥越社長は言います。
投資は、それが成功し、黒字化した後に、積極的に挑戦していくという流れです。
私も中小企業のコンサルをしていると、基本的には投資をせず、今のリソースでどうやっ
て事業成長の道を作るかを考えることが多くあります。鳥越社長が手掛けられる最初の一
歩は同感です。そして事業が軌道に乗ってくると、モチベーションがどんどん上がるの
で、失敗しても良いくらいの余裕が出来たところで挑戦すれば良いのです。
数値目標ではなくモチベーション
相模屋食料は社員に数値目標を設定していません。もちろん、何も見ないかというとそう
ではなく、鳥越社長は各種数値をしっかり把握しています。そして数値に対する責任をと
るのは経営者である社長で良いとしています。
現場には、いかにモチベーション高く仕事をするかに集中してもらう体制を作っていま
す。興味深いのは、全員のモチベーションを上げようとしているのではなく、やる気のあ
る人にあげてもらえればよく、全員に焦点を合わせていない点です。やる気のある人がよ
りやる気を出して、他の人たちをひっぱてくれるような流れが出来れば良いとしていいま
す。そこで合わない人が出てしまうのは防げない部分がある(同社にはお互い合わない)
というところまで触れています。
最後に
相模屋食料の経営は、中小企業にとっての理想形の一つであると思います。ただ、相模屋
食料のように、数値目標を定めず、社員のモチベーションに期待して結果を出し続けるこ
とは、すべての企業ができるかというと、現実にはなかなか難しい面もあると思われま
す。おそらく、鳥越社長も、心のどこかで、今のやり方は自分が社長だからできている部
分があると感じているように思いました。だからこそ、モチベーションの高いキーパーソ
ンを集めた製販会議を開催し、力を入れているように思います(なお本書では製販会議の
資料が開示されていますのでご覧ください)。この製販会議を通じて、鳥越社長の考え
方・やり方を相模屋食料のナレッジにしょうとしている面があるのではないかと感じまし
た。また、この会議はゆくゆくの後継者選考の一環にも繋がっており、そのためのOJTで
もあるのではないかとも感じました。一代で会社を急成長させた経営者は、自分が突出し
て仕事ができるがゆえに、自分のノウハウをナレッジとして会社に残したり、後継者を育
成することに長けていないケースがあります。だからこそ事業承継が中小企業のテーマに
なってくることが多いのですが、鳥越社長はいつか自分が退任する日を見据え、事業承継
をスムースに行いながら、さらに会社を成長させる仕組みを、製販会議を通じて、整えて
いるようにも感じます。
なお、読書期間中、スーパーに行き、相模屋食料の商品数種類を購入し食べてみました。
感想は「手軽で安くて美味しい」です。例えば、麻婆豆腐は200円しない金額(税別)で、満足感ある麻婆豆腐をレンチンで食べられます。豆腐一丁であれば200円は高いですが、麻婆豆腐で考えたら200円は安い金額です。低価格を目指さないとはいえ、結果としてコストパフォーマンスは高く、企業努力をされていることを実感しました。
この先の相模屋食料にも注目していきたいと思います。新商品開発だけでなく豆腐を広め
るための新たな取り組みがあるかもしれません。また。豆腐は日本の文化でもあります
が、他の和食と比べて、欧米で人気になっているとは言えません。逆に言えば、今後に大
きなチャンスを秘めている可能性があります。日本の豆腐業界を変えてきた次は、世界を
変えていくかもしれません。忘れてはならないのは、中小企業であった豆腐屋がその流れ
を作っているということです。中小企業のコンサルとしては、成熟市場で戦っている中小
企業でも、自社を成長させ、業界を変えていくことができるということを、特に中小企業
の経営者や社員に感じてもらいたいと願うばかりです。
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